« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

人格の陶冶

しばし行方不明になっていた本が見つかり、さっそく昨夜、洗い立てのシーツを敷いたお布団の上で嬉しく読み返しておりました。

これぞ至福の時ですね。

私はどんなに眠い時でもなにかしら本を読まずには寝られませんで、しかしこの枕本?には条件があり、初めて読む本は頭が冴えて寝付かれなくなりますから不適当で、繰り返し読んで飽きないためには筋書重視では駄目、たまらなく眠いけどちょっと読んでから寝たい時に、どの頁を開いてどこから読んでもある程度面白く、簡潔でありながら、しかし内容に深みがなければ飽きますし、選択が難しいのです。

お気に入りは「日本歌唱集」と「和漢朗詠集」、物語では「堤中納言物語」や「伊勢物語」ですが、これらでは読み物を読みたい時に少し物足りません。

久しぶりに見つけて昨日読み返しましたのは「神道の神秘 古神道の思想と行法」(山蔭基央著)という本です。

これはもう五年ほど読んでいます。

神道家の本では、春日大社の宮司がシリーズで出されているものも平易で良いですが、私は山蔭宮司の平易でありながらもやや厳しく格調高い文章が気に入っています。

山蔭宮司も所謂「霊視(み)える人」ですが、批判を恐れてその能力を隠したり、逆に誇示もしません。

そういう能力は例えば運動神経がいいとか、絵が上手いというのと同じで、人格の高さとは別物である、というのが宮司の主張です。

私もそう思います。

最近はスピリチュアル・ブームですので、それ自体は喜ばしいのですが、その分まがい物も多く出回ることになります。

ですからどんなに謙虚そうにしていても、真っ当な事を言っていても、書いていても、なんというか「匂いたつもの」がない人やものには警戒をしたほうがよいと感じています。

目安としては学問や科学的な裏づけを初めから軽視する人は大抵駄目です。

彼は自身の能力を過信しています。

先人の築き上げた土台なしに、今の己はないことに気付いていません。

人として生きる目的は人格の陶冶以外他なく、大切なのは克己の心だということをこの本は教えてくれます。

寝入る前、日々読み返す本はやはり厳選したいものですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今夜「美の壺」で。

今夜NHKの「美の壺」は男のきもの特集です。

ということをある方のブログを読んでいて今朝知った次第ですが(汗)、その数分後、あるお客様がお店にお電話をくださり、その旨を知らせてくださいました。

その方はお茶華道具専門卸売業の会社の会長さんで、お店はうちのお店からも程近い六角にあり、一般の方にも小売りをしてくれます。

私も懐紙入れや菓子切りなどをかなり安く購入させていただきました。

先日は会長の会社の月刊カタログの特集「この人を訪ねて」というコーナーに、うちのオーナーを取り上げて取材して下さいまして、この間もその刷り上ったものをわざわざ持ってきてくださいました。

午後からは岡崎美術館に招かれていらっしゃるようで、早々に店を後にされましたが、ご自身も絵をお描きになり、その絵は京都郵便局からの依頼で絵葉書となって販売されたこともある腕前です。

いつもきちんとしたスーツにベレー帽を被られ、メガネの奥の目は常に優しい素敵な紳士です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美人の条件

ある尊敬する人に伺ったところ、美人の条件とは、字がうまいこと、歌が詠めること、それからまあ、なにか音曲の類ができると尚よいね、とのことでした。

でも時代の要請にもよるんじゃないですか、と申し上げると、いや、わが国の美人は伝統的にこうと決まっている、と仰いました。

異論は様々ありそうですが、確かに字が上手くて不快に思う人はいませんし、歌を詠むには様々な教養が必要で、それが日々の修身にも繋がるでしょう。

音曲には心身を清める力があるといいますし、周りの人の心を慰めます。

自らを助け、周囲に調和をもたらすのです。

女性がこれ以上にしなければならない仕事は他にはないでしょう。

男性は女性が安心して本来の力を発揮できるよう、大切に守らなければなりません。

美人の条件を問うことは、図らずも男性がどうあるべきかを問うことになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ETV特集 シリーズBC級戦犯(2)

昨夜は「ETV特集 シリーズBC級戦犯(2)」を観ました。

副題が「‘罪’に向き合うとき」となっておりましたので、被害者あるいは軍律に縛られた命令実行者からの悲劇という呈かと思きやそうでもないようでした。

番組は、公的には勝者による戦後裁判自体の不当性をはっきりと指摘しつつも、平和に対する個人の罪?を問うているようでした。

が、平和に対する罪とはどういうものか、その説明はありませんでした。

きっと番組作成者にも分からなかったからだと思いました。

もちろん私にも分かりません。

当時と今では、時代の空気が全く違うのです。

最近では「空気読めない」のを揶揄してKYという流行隠語まで生まれましたが、空気読めないのは今も昔も日本人にとって最も不名誉なことなのでしょう。

そして誰よりも時代の空気を読んだ‘名誉な人’が、命令を遵守した。或いは自ら行動した。

それだけなのではないでしょうか。

番組に出演されていた元・BC級戦犯の男性の、自らを愚かだったと自嘲しつつも、松陰に続かんと欲する熱血漢であった当時を偲ぶ深いまなざしが、私にはとても印象的でした。

考える機会を与えてくださってありがとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

○○ぶら男、現る!

今朝一番の話題です。

昨夜美穂さんが車でレンタルビデオ屋さんに行った帰りのこと。

用を済ませて店を後にし、車に乗り込んだ矢先、タックトップ姿の自転車に乗った若い男が追いかけてきたのだそうです。

男はタンクトップの下に何も身に着けておらず、車の前方に回りこんで慌てて自転車から降り、フロントライトを浴びながら、タンクトップをめくり上げて顔を隠しつつ、ピョンピョンとその場で飛び跳ね始めたそうです。

美穂さんは車に乗っていた安心感もあり、恐怖はなく、また男が車を遮っているので発進が出来ないのでしばらく観察していると、時々隠している顔をチラッと出して、自分の位置を確認してるのがわかってとても面白かったそうです。

それはそうでしょうね。顔隠してピョンピョン跳ねていたら、明後日の方向へ流れていってしまいます。

そうこうしている内になんとか男を避けて車を出し、無事に帰宅したそうですが、振り返るとまた慌てて自転車に乗り、走り去っていく男の後姿が見えたそうです。

まだ大学生くらいの若い男の子だったようですが、余程何か鬱憤が溜まっていたのでしょうか。

そういう方法ではなく近づいてきたのなら、悩みくらいに聞いてやるのに、と言っている美穂さんはやはり肝が据わっていますね~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

よろこびをもって。

先日帰宅して夕食を採りながら「世界ウルルン滞在記」を観ていて知ったのですが、この番組はそろそろ終わるそうですね。

たまたま点いていればなんとなく観る程度で、いまだに何曜日に放送しているのかすら知りませんが、終わってしまうとなるとさみしいものです。

この間はドイツ世界平和村を紹介する回でした。

村では戦争で傷ついた子供たちを、日本人を含むボランティア・スタッフで面倒を見ているのですが、私が特に気になったのは地雷で手足を失う子供たちが本当にたくさんいるということです。

ある男の子は両肘から先を失っており、物を掴むことが出来ません。

しかし数回にわたる手術を受け、腕の先を二股に分けて動かせるようにしたことで、将来に希望を持つことが出来たそうです。

それに引き換え何故私は、兵士に足を切られたり、銃を乱射されたりせず今まで生かしてもらえているのか、不思議な気すらしてきます。

どうしてなのでしょう。

さて話は変わりますが、私の家族に、玄関で自分の脱いだ靴を決して揃えない者がいます。

例えば私が彼女に、

「脱いだ靴は揃えなさい」

と叱るのは簡単ですし、そうすれば再び注意されるの嫌さに取り敢えずは言うことを聞くだろうことは容易に想像がつきますが、私はそれをしません。

もう大人なのだから、自分で気付いて、何故揃えなければいけないのか納得して、自らの意思で揃える人になって欲しいからです。

私は数年来黙って彼女の分も揃え続けています。

そして毎日がっかりしていました。

一体いつになったら彼女は気がつくのだろうか、と。

しかし先日のウルルンを観て、私は心得違いをしていたことに気がつきました。

私は手も足もあるし、玄関先に屈んで靴を揃えることなど、たやすくさせてもらえるのです。

それではどうしてそのことには感謝をしないのか。

これは黙って靴を揃え続ける人の存在に気が付かない彼女と、根本的には同じだということです。

他人は自分の鏡だというのはこうした意味なのでしょう。

喜びを持って日々を暮らし、生かされていることに感謝しなければなりませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

送り火

今日は五山の送り火です。

私が出勤に利用している京阪電車では、大文字山の前でにっこり笑うおけいはんの車内ポスターが皆様を京都へお誘いしております。

本来は地元の人々が大切に守り伝えていらっしゃる宗教行事ですから、例えば私のような部外者が観光ツアー的に捉えるのは控えなければなりませんが、これも仏様の方便の一つなのでしょうね。

こうした機会をきっかけにお盆の意味を考え直すのはとても良い事だと思います。

この間の祇園祭では、薙刀鉾からお稚児さんがお付きの人に抱きかかえられて降りてくるという、山鉾巡行のクライマックスを見せていただきましたが、場所を陣取って脚立を立て、写真撮影をしている人と、そうでない人との小競り合いがありました。

日差しを除ける事も出来ないアスファルトの上で、人ごみ中に長い時間いますと、つい苛々してしまう気持ちはわかりますが、お祭は神事であることを忘れていらっしゃるのでしょうか。

私の横に立っていらした年配のご婦人は非常に上品な感じで、その後ろに控えて立つお婿さんと思しき男性から団扇で風を送ってもらいながら、山鉾の動きの一つ一つに対する説明を受けるその合間に、脱水症状になりますからお茶を上がってくださいなどと色々気遣われつつ、見物されていました。

私もその説明を横で聞かせてもらいながら、美しい人々と一緒に拝見できたことを幸せに思いました。

茹蛸のような顔でふらふらの私を、隣で扇いでくださった方にもこの場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

袴好き

昨日袴田さんのアイビーを買いました。
袴田さんというのは静岡でアイビーやらを育てて出荷している人らしいです。

袴田さんのアイビーは根が丈夫です。

という素人がその場で判断は出来ないから、
もうこれは信じるしかない、すごい謳い文句に惹かれました。

例の斑入りのこじゃれたアイビーはあまり好きではありませんが、
私が購入した袴田さんのアイビーに斑はなく、緑の色が濃く野性的で、
ちぎると香味がありそうな、タイカレーの上に乗ってそうな感じが気に入りました。


袴田吉彦が好きだから、という不純な動機も正直に言えばないではないです。
ではなぜ袴田吉彦が好きなのかというと、それは彼がかっこいいからで、
でもそれは比率としては一割くらいで後の九割は袴田という姓に因ります。
袴田、ですよ。
袴好きにはたまりません。
子供の頃は魚住という姓に憧れていました。
魚が住んでいるなんて!!
と考えるとなぜかテンションが上がったものです。
要は変った子供だったのです。
皆さんはどんな名前に憧れますか?
貴族みたいな名前に憧れる時期とかなかったですか?
でも正親町三条(おおぎまちさんじょう)さんが嵯峨さんになったように、
実際なったらなったでめんどくさいもののようですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

性に秘められた超スピリチュアルパワー

先日オーナーに薦められ、『性に秘められたスピリチュアルパワー』(夏目祭子著)という本を読みました。

ページを開くとまず本章とは関係のなさそうな、しかしとても美しい二本の木の写真が掲載されています。

タントリック・ツイン、タントラの関係で結ばれた、双子の魂を体現した樹。

というのがその説明で、並んで立つこの二本の樹は見る角度によって完全に一本に重なるような絶妙な揃い方をしています。

これは一つのつがいであり二本の樹、言葉上の「夫婦」は単数だけど構成は二人であるのと同じことなのでしょう。

写真は被写体の角度を変え、取り込む太陽光線を変えて、数枚にわたります。

美しく神秘的でとてもよい波動を感じます。

この数枚の写真だけでも買う価値があると思います。

内容は特に申しませんが、是非読んでみていただきたい良書だと思います。

読めばすぐに大好きな人と「チュー」して「ギュー」したくなります。

今、公開中の宮崎駿監督の最新作『崖の上のポニョ』の主人公ポニョのように。

お薦め良書

『性に秘められた超スピリチュアル』夏目祭子著 徳間書店 ¥648

| | コメント (2) | トラックバック (0)

海松藍(ミルアイ)の季節

夏もお盆直前、後半への折返し地点に来ますと、

初夏にはあれほど魅力的に見えた白やペールトーンに違和感を覚え、

着物や帯も濃い色が身に付けたくなります。

私も今年は夏名古屋帯を二本誂えたのですが、一本は白地の麻、

もう一本は茶といいますか、素材のままの色の苧麻です。

言うまでもなく前者は夏前半、後者は夏後半用です。

私は基本的に白や淡い色が好きなので、

年中そうした色目のものを好んで着ますが、

さすがに晩夏から初秋にかけては考えてしまいます。

今ちょうどこの季節、毎年気になるのは海松藍(みるあい)色。

暗い青みの緑です。

まだ秋の気配はないですが、清清しいような青、という気分でもない、

季節の移り変わりのほんの一時のことです。

その一時のため、でも必ず毎年来るこの気分のために、

何か一着こさえるのは巡る季節の中にいる自分を慈しむようで、

なかなかよい贅沢だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »