人格の陶冶
しばし行方不明になっていた本が見つかり、さっそく昨夜、洗い立てのシーツを敷いたお布団の上で嬉しく読み返しておりました。
これぞ至福の時ですね。
私はどんなに眠い時でもなにかしら本を読まずには寝られませんで、しかしこの枕本?には条件があり、初めて読む本は頭が冴えて寝付かれなくなりますから不適当で、繰り返し読んで飽きないためには筋書重視では駄目、たまらなく眠いけどちょっと読んでから寝たい時に、どの頁を開いてどこから読んでもある程度面白く、簡潔でありながら、しかし内容に深みがなければ飽きますし、選択が難しいのです。
お気に入りは「日本歌唱集」と「和漢朗詠集」、物語では「堤中納言物語」や「伊勢物語」ですが、これらでは読み物を読みたい時に少し物足りません。
久しぶりに見つけて昨日読み返しましたのは「神道の神秘 古神道の思想と行法」(山蔭基央著)という本です。
これはもう五年ほど読んでいます。
神道家の本では、春日大社の宮司がシリーズで出されているものも平易で良いですが、私は山蔭宮司の平易でありながらもやや厳しく格調高い文章が気に入っています。
山蔭宮司も所謂「霊視(み)える人」ですが、批判を恐れてその能力を隠したり、逆に誇示もしません。
そういう能力は例えば運動神経がいいとか、絵が上手いというのと同じで、人格の高さとは別物である、というのが宮司の主張です。
私もそう思います。
最近はスピリチュアル・ブームですので、それ自体は喜ばしいのですが、その分まがい物も多く出回ることになります。
ですからどんなに謙虚そうにしていても、真っ当な事を言っていても、書いていても、なんというか「匂いたつもの」がない人やものには警戒をしたほうがよいと感じています。
目安としては学問や科学的な裏づけを初めから軽視する人は大抵駄目です。
彼は自身の能力を過信しています。
先人の築き上げた土台なしに、今の己はないことに気付いていません。
人として生きる目的は人格の陶冶以外他なく、大切なのは克己の心だということをこの本は教えてくれます。
寝入る前、日々読み返す本はやはり厳選したいものですね。
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